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1ミュージシャンの香港日誌他色々

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香港にて思うこと。主に音楽。音楽、香港以外のこともあります。

少し前に「Libido」の話をしたが、時期同じくして、僕が強く影響を受けたバンドがこの「JAGATARA」である。「渋さ知らズ」の不破大輔さんがこのJAGATARAを「宇宙一好きなバンド」と言ったそうだが、僕の感情もまさにそれ。本当に「宇宙一好きなバンドなのだ。

錚々たるメンバーで構成されていたバンドは、全員が確実なテクニックと経験を持っていた。でもそれだけでなく、このバンドが素敵だったところは、「江戸アケミ」という絶対的なフロントマンを前面に押し出す為、メンバー全員が一つの方向性に向いた、一塊りの音を出していたところだ。だからグルーヴが圧倒的だし、アケミのメッセージも強力に伝わってきた。とにかくカッコ良かったのだ。

でも僕が好きなのは彼らの音楽だけでは無い。「江戸アケミ」の色んなことに対する考え方。それが大好きだったし、今でも強い影響を受けている。

「やっぱ自分の踊り方で踊ればいいんだよ」

メディアや周りに流されることを嫌い、宗教の凝り固まった考えを嫌っていたアケミを最も端的に表した言葉だと思う。

当時の僕はとにかくパンク一直線。今のように優しいパンクなんて存在していなかったから、とにかく過激に、暴力的なまでに「反権力」でいる事が正義だと思っていた。天皇制には反対、原発には反対、教科書に反対、何にでも反対、反対。JAGATARAを聴き出したのも、最初はメジャーな音楽なんてゴミ。マイナーでアンダーグラウンドな物がカッコいいって思ってたからだ。マヌケだけど、自分のそういう考えが全てで、絶対的に正しいと思ってた。

それがJAGATARA、つまり江戸アケミを知ったことで少しずつ自分の考えに変化が出てきた。まず疑って自分で考える事を覚えた。人の話や評判を鵜呑みにしないことを覚えた。もう一方の話を聞くことを覚えた。例えば自分がこう思うことでも、必ずそれに反対する意見を聞くようになった。

彼のどういう言葉にどう影響を受けたか、というのは説明ができないし、そういう決定的瞬間があった訳では無いので解ってもらうのが難しいかもしれないので、幾つか彼の有名な言葉を紹介しよう。

「評論家の言うことに耳を貸していると頭がバカになるぞ。あいつらのいいとこだけ取れ。あとはあいつら全部てめぇが名前を売りたいがためにやってんだからよ。JAGATARAのことを書いている記事は全部でたらめとでっちあげだと思って下さい。あなたたちがここに来て、こうしてこうやっている事が真実だよ。メディアは全てインチキだ!全部てめぇらが売りたいからやってんだよ!ロッキンオンでもなんでも全部そうだ!だから人の噂を信じるなベイビー!俺はここにいるぞ!俺はここにいるんだ!俺はナンのこっちゃい!ベイビー、ナンのこっちゃい!バイバイ!!

ロッキングオンは確かJAGATARAを強力に推していた雑誌だったと記憶している。それがここで名前を出されちゃっている訳だから、アケミの意志の強さというのは凄いな、と思う。

「原発反対、レゲェのミュージシャンはこう言うぜ、散髪反対!レゲェのミュージシャンの方がいかしてるぜ。同じ事を、別な次元でやんなきゃだめだ、俺達は。安保反対!インポ反対!ベイビー!ナンのこっちゃい!ハルマゲドンがナンのこっちゃい!エホバの証人が俺んちに来た。ハルマゲドンになって、あなたの魂は救われない…と。じゃあエホバの証人にならなくって、心の清い人はいったいどこ行くんだ?全部矛盾だらけだよそんなん。全ての宗教は麻薬と一緒。SEX, DRUG, ROCK'N ROLL!ナンのこっちゃい。

市民運動を中心に色んな反対運動が世界中で起きている。でも彼らは本当に自分で考えた上での行動なのだろうか?僕は人間の怖さとはここに有ると思っている。「正義」というファッションは本当に恐ろしいのだ。

アケミは比較的リベラルな考えの持ち主だったと記憶している。彼から影響を受け、凝り固まった思想から自由になった僕は、皮肉にもアケミとは逆の考え方に進んでいる。でも彼が生きていればこう言ってくれると信じている。

「やっぱ自分の踊り方で踊ればいいんだよ」


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# by Mark-1Music | 2013-08-01 14:24
香港で有難いのは結構新鮮な魚や野菜が手にはいること。魚大好きな僕にとっては最高である。ただ日本でも同じだが、簡単にスーパーで手に入れる、という訳にはいかない。勿論それなりの場所へ買いに行く事が必要だ。日本であればそれは信用の置ける個人商店だったり、デパート(高い!)だったりするのだが、香港の場合は街市という場所へ行く。これは日本でいうところのマーケット、もっとわかりやすく言えば個人商店の集まりである。大小の違いはあるが、これが大きい町々にそれぞれ設置されているので心強い。ちなみにこの街市、ちょっとハイソな香港人に言わせると「汚くて生臭いから行かない」という。勿体無い話だけど日本でも同じかな?

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# by Mark-1Music | 2013-07-19 16:27 | 食べ物
こんな体(メタボ予備群と言われた)をしてなんだけど、僕の好物はキノコ。勿論エノキタケや椎茸などの普通のキノコも大好きだが、珍しいキノコに特に目がない。つまり「好物」というよりは少し「冒険好き」に近いのかもしれない(毒に対しての冒険ではない。念のため)。

今回の一時帰国では3種類を買ってきた。「ブナハリタケ」と「ハナイグチ」の塩蔵。生が食べたいのは当たり前だけど、海外ぐらしの自分にはほぼ不可能。大体塩蔵でも十分に美味しいから満足いっぱい。そしてもう一種類は僕がずっと食べたかった「タマゴタケ」。たまたまインターネットで見つけた僕は日本の家人に了承も取らず即注文、事後承諾で僕が帰るまで保存しておいてもらった。


折角のキノコたち。その味を堪能出来るよう鍋にした。ちゃんと昆布とかつお節でだしをとって味は塩醤油のみで薄め。入れる具はキノコ以外には若布と葱オンリー。ハナイグチはぬめりがすてきだし、クセの少しあるブナハリタケは煮込んでもしっかりと自分を主張している。そしてタマゴタケの強い香りと歯ごたえはしっかりと主役の座を射止めていた。当然最後の雑炊は絶品。

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香港にいてもこれだけのものを味わえるとは、本当に贅沢。最高の休日でした。

今回のレシピ
1, 昆布とかつお節で出汁をとる。昆布は出来れば前日から水出し。カツオだしは薄目が好き。
2. 切り分けたキノコをいれる。
3. 一口大にしたネギとワカメもいれる。
4. ひたすら食べる
5. 残ったスープにご飯、刻み葱、溶き卵、手揉みのりで雑炊の完成。これもひたすら食べる
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# by Mark-1Music | 2013-05-28 14:29 | 食べ物
香港の街はとにかく時間の流れが早い。そのため助かる部分も多々あるのだが、休みの日にのんびりしよう、なんて思っていてもなかなか難しい。そんな時にはいつも僕は長州島に行く。

海鮮好きの僕がいつも行くのはこの島。観光客ズレしていないところが多いので、とにかく安くて親切。何よりも昔から仲良くしている店があるので、気を使う必要もない。でも今回の主役は海鮮レストランではなく、ビーチの小高いところに建っているオープンエアのバー。

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香港ウィンドサーフィンの中心基地にもなっているこのバー。見かけはとにかく武骨だ。床はコンクリートむき出し、椅子はプラスチック。食べものは美味しいが特別に美味しいわけではない。飲み物も僕はビールかワインだからどこでも同じだ(安いけど)。では何が良いかというと、とにかくこのバーでは時間がゆっくり流れるのだ。

恐らく家族経営と思われるこのバーは、従業員の人も含めて(多分)ウインドサーフィンに携わる人たちだと思う。そのせいか皆健康的な日焼け顔。いつもテーブルについてビールを飲みながら談笑している。かと言ってサービスが疎かになるわけではなく、動きは早い。全員フレンドリーだけど必要以上には立ち入って来ない。とにかくのんびりできる場所なのだ。多忙な香港の中では本当にオアシスのような場所だ(少なくとも僕にとっては)。

お客さんの多数は西洋人。悔しいけど本当に彼らは余暇の過ごし方を知っている。だから湾仔や中環の酔っ払いみたいにアグレッシブではない。距離の取り方が店員と同様にすごく上手だ。

バーとしては、そういう今よく来てくれているおきゃくさを大事にしたい、という意向なのであまり宣伝はしていないよう。だからここには詳細は載せません。もし興味がある人はこの情報を頼りに探してみて下さい。

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# by Mark-1Music | 2013-05-23 15:26 | 香港
久しぶりにLibido の「My Private Sun」を聴いた。確か発売年が1989年だと思ったので (違ってたらごめんなさい)もう20年以上経っているのだが、始めて聴いた時と同じ衝撃を受けた。体が震えた。

10代から20代前半くらいまでの僕は完全にテクニック思考のベーシストだった。「ソロをとれてなんぼ」と考えていたし、プログレやクロスオーバーなどの複雑な音楽を好んでいた。勿論今でもそれらの音楽が悪い音楽だとは思っていないのだが、それがいつの日からか、よりリズム思考になり、よりグルーブを感じたいと思うようになり、自分の感情を音に載せたいがため、よりシンプルな音楽を好むようになった。どちらが良い悪いではなくて、その方が自分にあっていた。

「歌」の大事さに気がついたのも同じ頃。音程で「歌」を聴くのではなく、より自然でより感覚的な歌を好むようになり、「上手い下手」ではなく自分の感覚で「良いかどうか」、つまり純粋に「好き嫌い」で判断するようになった。そして「歌心」の大事さに気がついた。この事はミュージシャンとしての僕に大きな影響となり、最大のターニングポイントとなった。そしてそのきっかけとなったのが、このLibidoのフロントマン、成田弥宇さんの歌だった。

スタイルだけでいえば、彼らの音楽は僕の好きなタイプではなかった。それでもこのバンドに大きく惹かれたのは、出てくる音の全てが成田さんの歌のためにあったからだ。本当にバンドの音だったのだ。

「命を削って歌う」という表現がこれほどはまる人を僕は多く知らない。そして本当に命を燃やし尽くした成田さんの訃報を知ったのは、僕が最も影響を受けたJAGATARA、江戸アケミの追悼コンサートであった。1990年。自分の音楽が大きく転換した年だった。そんな若かりし頃の自分を思い出し、CDが終わる頃にはまた初心に戻ることが出来た。


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# by Mark-1Music | 2013-05-15 14:16 | 音楽全般