前回にも書いたけど、僕は日本ハムファイターズの大ファン。ここ最近こそ強く有名になったが、ついこの間までは球界のお荷物球団。弱いし地味だしファンは少ない。大変な騒ぎだ。
それでもひねくれ者の僕は熱心に40年来ファンを続けてきた。しかし各選手に期待をした事はあったが、チームが優勝するなんて事は昔は全く思わなかった。それがこの球団のファンである事の宿命だと思っていたからだ。でもそんな斜に構えていた僕に夢を見せてくれた恩人が二人いる。一人は大社義規オーナー、そしてもう一人は大沢啓二監督だ。忘れもしない、僕が高校三年のとき、高橋一三や柏原、江夏豊といった一癖ある選手を巧みに使いこなし、ついには優勝までしてしまった。それは並々ならぬ彼らの野球に対しての情熱の賜物だったと信じているし、あのときの興奮は、恐らく死ぬまで忘れる事は無い。
たかが野球、でもそんな「たかが」のものに一生をかけた大沢親分。たかが音楽、しかしそんな「たかが」のものに、果たして僕は一生をかける事が出来るのだろうか。
最後まで病気を隠し、「親分」で居続けた親分。本当にお疲れさまでした。有り難うございました。
それでもひねくれ者の僕は熱心に40年来ファンを続けてきた。しかし各選手に期待をした事はあったが、チームが優勝するなんて事は昔は全く思わなかった。それがこの球団のファンである事の宿命だと思っていたからだ。でもそんな斜に構えていた僕に夢を見せてくれた恩人が二人いる。一人は大社義規オーナー、そしてもう一人は大沢啓二監督だ。忘れもしない、僕が高校三年のとき、高橋一三や柏原、江夏豊といった一癖ある選手を巧みに使いこなし、ついには優勝までしてしまった。それは並々ならぬ彼らの野球に対しての情熱の賜物だったと信じているし、あのときの興奮は、恐らく死ぬまで忘れる事は無い。
たかが野球、でもそんな「たかが」のものに一生をかけた大沢親分。たかが音楽、しかしそんな「たかが」のものに、果たして僕は一生をかける事が出来るのだろうか。
最後まで病気を隠し、「親分」で居続けた親分。本当にお疲れさまでした。有り難うございました。



